少年探偵団 神原克收 ykambara@kcc.zaq.ne.jp
                                  目  次 (クリックすれば開きます)
   1 快適なバリ
バリ・レストランの魅力
ホテル・スタッフ会議
レストランの新メニュー作り
アリとキリギリス
バリ人社長のゆとり
美術館オーナーの親切
価格交渉
ガイドのバックリベート
10 ボロブドウルの遺跡
11 異常気象
12 電話の苦労
13 祭りに掛けるエネルギー
14 お札の綺麗度
15 老後はバリでは暮らせない
16 バリはタバコ天国
17 変わったこと、変わらないこと
1快適なバリ

 バリは実に快適だ。特に日本の梅雨から夏の蒸し暑さから逃れてきた身には余計にバリの快適さが嬉しい。基本的には朝夕は長袖・日中は半袖の気候だが、日中でもホテルのテラスで本など読んでいると半袖では寒い日がある。

 バリが快適なのは何も気候ばかりではない。服装が全く自由で何でもOK。バリ人は腰にサロンを巻き、白い上着に独特の鉢巻(帽子と鉢巻の中間のようなもの)、履物は99%セッタという出で立ち。旅行者はTシャツ、ショートパンツ、セッタというのが基本的なパターン。かなりの地位の人に会う時でもこのスタイルでOK。何とも楽なものだ。但し、お寺に行くときとか祭りや結婚式などに参加するときは最低限サロンは巻く必要があるし、出来ればバリ風の正装で出掛けたいものだ。

 バリ人は穏やかでのんびりしている。歩くのも実にゆっくりで、走っている人は全くいない。たまに走っている人を見ると決まって日本人である。かくいう私も走って笑われた。バリ人が怒って大声を出しているのは見たことが無い。外国人旅行者にも実に懐っこく親切である。人付き合いも至ってシンプル。旅行者という気楽さもあるだろうが、日本での生活と比べると気遣いは全くと言っていいほど無用で通る。

 治安も私の滞在するウブドゥは全く問題なく、深夜に歩いても不安は感じない。但しバリは犬が沢山いるので夜は犬への不安は大きい。

天国のようなバリへ皆さんも如何ですか?
 バリのレストランの魅力

 バリの料理は総じて美味しい。チェンマイに比べると選択肢の多さ、奥行きの深さで見劣りするが他のアジア諸国の中ではマシなほうであろう。バリでの食の魅力は味だけでなく、レストランのロケーションが抜群にいいことである。勿論全てが全て良いわけではないが、環境抜群のところが結構多い。

 ウブドゥの店舗は入口は狭く奥行きが深いのが特徴で、道路から見ると何の変哲も無い店が中に入って行くと見違えるような景色を持っている。店の奥にライステラスが広がっていたり、豊かな木々に囲まれたオープンテラスがあったりする。道路の喧騒がウソのような静けさである。テーブルの間隔も日本では信じられない位ゆったりと取ってあり、木々に囲まれてそよ風に吹かれ、鳥の囀りを聞きながらのんびりと食事をする。そこで何時間粘ろうと嫌な顔一つせず、安心してお喋りに興ずることが出来るし、本を読んでも良い。

 木々に囲まれたレストランだけではない。入口は貧相だが2階に上がると見違えるほどきれいで素晴らしい景色のレストランも多い。バリでは殆どのレストランはオープンエアで窓がなく、そよ風が心地よさを倍増させてくれる。

 これだけ緑がありながら意外と蚊やハエが少ないのも清潔好きな日本人には嬉しい。勿論全くいない訳ではないが存外少なく、仮令いても蚊取り線香を用意してくれるのでオープンエアの割には快適に食事が出来る。
 ホテルスタッフ会議

 バリでの宿はいつもウブドゥの三流ホテルで、部屋数は僅か14室である。従業員は4名で昨年より1名減っている。しかも同じ敷地内にあるレストランをホテルのオーナーが経営することになり、そちらの手伝いも兼ねているので昨年よりは遥かに忙しくなっている。それでも日本の感覚からするとヒマでヒマでというレベルである。オーナー夫人とその娘も頻繁に顔を出し、同宿の日本人と雑談に興じることもしばしばである。
 そんなある日、話がホテルへの注文になり、更にはホテルの改善計画、果てはレストランの集客計画にまで及び、さながらホテルのスタッフ会議の態である。オーナー夫人も従業員も我々の提案を素直に受け止めてくれ、どこまで改善が実現するかは不明ながらこうした交流は何にも代え難い三流ホテルの魅力である。

 余談になるが、バリでの土地賃貸借について述べておこう。こちらでは土地は25年契約で建物は借主が建てる。25年の契約切れの時は借主が建てた建物も含めてそのまま地主に返却するとのこと。

泊まっているホテルの敷地内に違う経営者のレストランが昨年まであった。今年からこのレストランはホテルのオーナーに経営者が代わった。この土地はホテルオーナーの所有で、昨年までレストランに貸していたが、契約期限の25年がきて自動的に経営者が代わったということである。日本では見られない面白い制度である。オーナーが今年からレストランのオーナーになったのもこの制度のお陰である。
4 レストランの新メニュー創り

ホテルのオーナーが今年からレストランを経営することになった事情は前回ご報告した。オーナーは集客に頭を痛めており、何か日本人に受けるメニューはないかと同宿のI氏に相談した。偶々I氏の知人のS夫妻がこのホテルに泊まっていて、昔焼き鳥屋を営んでいたとのこと。オーナー夫人は特にレストランの集客に熱心で、帰国直前のS夫妻に是非焼き鳥の作り方を教えて欲しいと頼み込んだ。S夫妻もその気になり、昔取った杵束よろしく塩味の焼き鳥をコックに伝授、S氏曰く「焼き鳥はタレに限る。しかしその材料が無いのでタレは来年教える」とのこと。我々応援団も厨房に入り味見役を務め、賑やかな新メニュー創りと相成った。

 S夫妻は序でに「肉じゃが」の作り方も伝授し、習ったコックが作った肉じゃがを翌日味見したがなかなかの出来栄えで、S夫妻もOKサインを出していた。

 我々応援団とオーナーで焼き鳥と肉じゃがの価格設定について大いに議論し、最終的にはオーナーが決めて新しいメニューを印刷することになった。新メニューは一週間以内に出来るとのことであったが、我々の滞在中には残念ながら実現しなかった。

 ここで職人気質の一端をご紹介しよう。S夫妻は既にリタイアし、再び焼き鳥屋をはじめる気はさらさらないし、ご子息に継がせることもないとのこと。しかし、タレの作り方の「肝心なところは教えられない」とのこと。我々が「バリ人に教えても何の弊害も無いのだから、教えてあげたら?」と水を向けても「それは絶対に出来ない」の一点張り。これぞ職人の矜持なのであろう。皆さんはこれを「さすが」と思うか、「頑固」と思うか、如何であろう?
 アリとキリギリス

 日本人から見るとバリ人は実にゆったりとしている。言葉を替えればスローモーでだらしがない。機敏で効率的な動きと対極をなす。多くの日本人はこうしたバリ人を見て少々見下す気分になるのではないだろうか?アリとキリギリスの寓話に喩えるなら日本人はアリで、バリ人はキリギリスということであろう。

 旅行作家の下川祐治氏は著書のあとがきにこのことを書いておられる(氏の言われるキリギリスはバリ人ではなく、タイ人であるが)。曰く「アリとキリギリスの発想は、厳しい寒さの冬を持つ北国のもので、冬のない南国ではキリギリス的生活でも困ることは無い。北国の価値観を一方的に南国に押し付けるのは間違いである。」

 全く同感である。バリ人も近年貨幣経済に少しずつ毒されてきているが、まだまだ時間はゆったりと流れ、あくせくしたところは全く無い。昔日本が誇った親切・慎ましさ・思い遣りといった精神は今は見る影も無く喪失してしまったが、バリでは日本が失ったものが今でも脈々と生きている。村の強固な結び付きは、頻繁に行われる祭りの様子からも見てとれる。確かに経済的には日本の方が遥かに豊かであろう。だから「もっと真面目に働け、さもないと豊かにはなれないぞ」というのは北国のアリ的生活を強要しているのではないだろうか?キリギリスで困ることのない人々に、自分がアリで成功?したからといって、アリになれというのはお節介が過ぎるように思うが如何?
6 バリ人社長のゆとり

 バリ滞在中に同宿のI氏の紹介でA・R氏の知遇を得た。氏自身は画家で、バリでは有名な美術館とホテルのオーナーであり、その他にもいくつかのビジネスをしておられる実業家である。氏は普通の観光客では絶対に行けないような珍しい寺や行事に案内していただいたり、お茶に誘っていただいたりと大変お世話になった。

 彼の事業規模がどれくらいかは推測もし兼ねるが、かなりの会社の社長であることは間違いない。彼は社長でありながら実にゆったりとしている。日本の社長のように忙しく飛び回っているようにはとても見えない(内実はどうかは判らないが・・・)。朝は広い美術館の庭園の一角にある東屋で瞑想に耽り、昼は10時頃顔を出し、やはり館内の東屋で訪ねてきた芸術家と談笑していることが多い。我々夫婦が訪ねて行くとその席に招じ入れてくれ、いつもコーヒーやジュースをご馳走になる。彼はいつも紹介してくれたI氏や我々を、「You are our family」と言ってくれるが、どんな意味合いでファミリィと言ってくれているのかは判然としない。

 日本の社長のように会議や得意先廻り、接待といったことには無縁のように見える。従業員にクドクドと説教を垂れている姿も見たことはない。この余裕はどこから来るのだろう?彼が芸術家だからか、事業が順調に推移しているからなのか、或いは彼だけでなく社長と言えども他のバリ人同様キリギリスなのか。キリギリスで経営が上手く行けばそれに越したことはない。我がホテルのオーナー氏はA・R氏よりはもう少し忙しそうに見えるが、それでも日本の社長と比べると遥かにキリギリス的だ。
 美術館オーナーの親切

 前回(No6)お話した美術館のオーナーA・Rさんには随分お世話になった。「本当のバリを見せてあげる」と言って2回に亘ってすいぶん沢山のところにご案内頂いた。いずれも普通の観光客では絶対に行けないところばかりで、昔のバリが色濃く残っていて自然一杯のウブドゥ、地元の人も滅多に行かない古いお寺、昔の典型的なウブドゥの田舎の村落、夜の石窟寺院などにご案内いただいた。これらは全て市街地から車で10分程度のところばかりで、言い換えれば観光施設や観光客が集中する僅かな一角だけが毒されていて、その他は全て昔の良きウブドゥが残っているとも言える。

 彼は市街地に広大な敷地に美術館とホテル、レストランを持っていて、その中にはライステラスもあり、農民に仕事を与えている。それ以外にも近くに民家7棟を買い取って無料のアートギャラリーを開いて地元アーティストの支援をしている。美術館の敷地内では子供を対象に伝統的な踊り、音楽(ガムラン)、絵画の教室を開いていて、毎日子供達が下校後通って練習に励んでいる。この授業料は全て無料で教師の給料は彼が払っているという。彼曰く「子供はバリの未来だ。彼らにバリの伝統を継承してもらいたい。そうしなければバリの伝統は失われる。」

前回も言ったがA・R氏には同じホテルに宿泊していたI氏にご紹介頂いたが、I氏共々「You are our family」と言って親切にしてくれる。お会いする度に美術館やホテルでお茶をご馳走になり、1回は朝食を、1回はご自宅での夕食にご招待頂いた。こちらが少しでも役に立つとすれば、彼の旺盛な日本語学習熱の先生役くらいなもの。にも拘らず、なぜこうも親切なのか図りかねているが、ご好意を有難く素直に受け、出来るだけバリのハートを吸収したいと考えている。
 価格交渉

 アジアの魅力の一つはショッピングであろう。いわゆるアジアン雑貨の宝庫なのだ。バリも例外ではなく、バティック・アタ・銀製品・竹細工・木彫り等々多士済々である。価格も日本と比べると格段に安い。問題は価格交渉である。一般的には価格は表示されていないし、されていても相当高い価格が表示されている。総論で言えば5倍くらいの価格を提示してくるのが普通だが、10倍くらい吹っ掛けてくるのもいれば、1〜2割しか値引しろのない店もあり、なかなか一筋縄ではいかない。要は買う方がこれは幾らなら買うかということをしっかり持っていることが大切だ。そうすれば大体思い値で買うことが出来るだろう。しかし後で誰かがもっと安く買ったからといって、文句を言ったり悔しがったりしないことが肝心である。

 慣れてくれば業者の底値を引き出すことも出来ないではないが、そこまで行くにはかなりの勉強代(経験)が要るということだろう。まぁ、少しは地元に還元するくらいの余裕で買い物を楽しむに越したことはない(私には出来ないことだが)。

 厄介なのは知り合いに紹介された店である。バリ人はどんなことでも知り合いの店を紹介したがる。勿論バックリベートが期待出来るのが第一だろうが、純粋に親切で言ってくれる場合も多々ある。その場合は値切りにくいので、結局高い買い物をする羽目になる。今回もクバヤ(女性用の正装の上着)を作ろうとしたらホテルの従業員からオーナーの妹がやっている店があると紹介されて連れてってくれた。値段も特別割引価格だからと言われ、どうも高いなぁと思いながらもオーナーの手前値切るに値切れない。結局言い値で買ったが、同行したIさんは帰宅後偶然商品に付いていた値札を見付けた。それは買値より1割安いもので、早速ホテルの従業員に文句を言ったら差額を取り返してきてくれた。しかし、全く値引無しの価格で買わされたことになったというお粗末。知り合いに紹介してもらうのも考え物ということである。
 ガイドのバックリベート

 ショッピングの価格交渉に就いては前回(No8)で触れた。もう一つ注意が必要なのはガイドや旅行社のバックリベートである。

近年パックツアは驚くほど安くなった。極限まで現地の業者からの仕入れ値を叩いて実現している価格であることはご存知の通り。現地業者は何でカバーするかと言えば、客を土産物店やレストラン、スパに案内してそこからのバックリベートに頼ることになる。従って彼等が案内するところの価格はその分高くなるのは致し方ない。しかし、その率がどれくらいかということは十分頭に入れておくべきであろう。

現地の旅行会社に勤務した経験のある人の話によると、最もひどいのは免税店らしい。ここでは売り上げの50%くらいが旅行社又はガイドに流れるようだ。極端な場合は70%に及ぶこともあるとのこと。道理で免税店が高い筈だ。

ここからは私の経験談。

@ ボロブドゥール遺跡に行ったとき、ガイドから「日の出ツアに行かないか、価格は1500円で素晴らしい景色ですよ」と誘われた。少々心は動いたが、高過ぎるので断った。後でガイドブックで調べたら400円くらいと書いてあった。しかも「遺跡の頂上からの日の出はこのツアでしか見られない」とガイドは言ったが、実際には6時の開門と同時に登ったら日の出に充分間に合い、結局無料で素晴らしい日の出を楽しんだ。

A バリの空港(デンパサール)ではパスポートチェックで並んでいるところに宣伝パンフレットが置いてある。更にパスポートチェックの際、イミグレの担当者がパスポートと一緒に業者の宣伝パンフを渡してくれる。いずれも有料で置かしているとのこと。

それらのパンフを見ていると、価格の20%引きや30%引きは珍しくなく、中には 50%引きというものまである。それらのパンフには必ず「お客さんご自身でご連絡下さい。ガイドさん同伴やタクシーでのご来店の場合は割引出来ません」と書いてある。これでバックリベートの実態がある程度お判りであろう。

ご参考までにタクシーで行けないとなるとどうやって行くのか?こうした店は全て送迎付きなので心配はご無用。但しこれだけ大幅な値引きを受けてもこれらの店はべラボーに高いので念のため。
10 ボロブドゥル遺跡

 バリ島滞在中にアンコールワット、パガン(ミャンマー)と共に世界の三大仏教遺跡と称えられるボロブドゥル遺跡に行った。この遺跡はジャワ島中部に位置し、8世紀に建てられ9世紀に増築している。

 この建造物は五つの方行の基壇の上に三つの円形の基壇が載る階段ピラミッド状の構造で、最下段の基壇は115m四方である。この遺跡の圧巻は基壇の壁に彫られた1460面に及ぶレリーフである。レリーフは釈迦の一生や、当時の寓話を題材にしたもので、独特のジャワ様式で柔らかく優美な線で彫られ、訪れた人を古の世界へ導いてくれる。

 この遺跡は安山岩で造られ、レリーフはそれに直接彫刻されている。1300年前から今日まで野ざらしにされ、風化は激しいとは言うものの、いまだに見事な線で観光客を魅了して止まない。

 ボロブドゥル遺跡は「素晴らしい」の一語に尽きる。しかしながら、世界の三大仏教遺跡の一つということで大変期待をしていた割には、少々ガッカリもした。規模が小さいのである。アンコール遺跡群の壮大さや迫力、パガンに林立する優美なパゴダの群、これら二つの遺跡に比較するとボロブドゥルは単独の建物で物足りなさを覚える。そういった面ではタイのスコータイやアユタヤにも大きく遅れをとる。専門的には三大仏教遺跡の値打ちはあるのだろうが、素人には「三大」の称号はやや気の毒な気もする。
11異常気象

 近年世界的に異常な気象が頻発している。大旱
魃のところがあるかと思えば大洪水のところがあり、
大寒波に震えるところがあれば記録的な熱波に見舞われるところがある。日本でも空梅雨が続いたと思ったら、ドバーッときて災害をもたらしたりする。ここバリもどうもおかしい。7月・8月は乾季で昨年は3週間滞在して小雨が1〜2度あっただけ。ところが今年は到着した日から派手な雨の歓迎を受け、最初の4日間で雨の降らなかったのは1日だけであった。それ以後も2日に1回くらいの割りで小雨がパラツキ、散歩に出掛ける際も傘が手放せないことが多い。昨年にはなかったことである。
 先日チェンマイでロングステイしている人が7名 バリに遊びに来た。彼等の話によると「この時期チェンマイでは雨期だが、さっぱり雨が降らない」と言っていた。その後チェンマイでは大規模な洪水に2度も見舞われたそうだ。こうした異常気象は世界各地で経済優先の開発が進められ、自然を破壊してきたことへの必然の報いであろう。
中国の深刻な公害問題については中国通信でもお伝えしたが、バリのような自然豊かなところでも公害の兆しは見えている。ウブドゥはクタやヌサドアなどの海岸リゾート地と比べるとまだマシだと思うが、そのウブドゥでも車やバイクの増加で排気ガスの臭さが昨年よりは間違いなく増加しているし、川に捨てられるゴミの多さは目に余る。数年前まではキレイであったに違いない川が、今では見る影も無く汚れている。それでもウブドゥの中心から10分も走れば、滴る緑に清冽な川が流れ、ライスフィールドの広がる豊かな自然があり救われる思いがする。しかし、経済成長に伴いその自然が一歩、また一歩と後退している現実はいかんともし難く、異常気象は更に進むと考えた方がい
いのだろう。

12電話の苦労

 バリでは日本のような公衆電話はない。空港でも国際電話用の公衆電話はあるが、国内用の公衆電話はない。こちらではWarung TELKOMとかWARTELの看板が掛かっている電話屋でかける。バリ島内では12円で島外は距離により異なるが、意外と高い。市街地は電話屋の数も多いので苦労はないが、郊外へ行くと数が極端に減るので要注意。電話に纏わる失敗談をご紹介しよう。
 ボロブドゥールからバリの飛行場に着いたのは夜の10時半。来ているはずの迎えの車が見当たらない。10分経っても来ないのでツーリストに電話をしようとしたのだが電話屋が閉まっていて電話が出来ない。国際線なら開いていると思いそちらに回ってみたがやはり閉店していた。どうしたら良いかとある店で聞いたらプリペイドカードを買えと言う。そうすれば店が持っているケイタイで架けられるという。価格は750円。残った料金分は返してくれると早合点してOKし無事電話をすることが出来た。ところがそれでお終いで残金分は何も返してくれない。1回の電話が750円は何が何でも高過ぎるので、日本語で大きな声で抗議したら渋々230円分返してきた。それでも納まらなくて更に文句を言ったら更に超渋々115円返してくれた。これ以上悪態をつくのもはしたないと諦め、結局1回の電話が400円くらいと高いものについた。電話をして元のところに返ったら迎えの車が来ていた、馬鹿みたい。
 その後ウブドゥで深夜に電話する必要が出来たが、その時はケイタイを持っている人を探してその人のケイタイを借り、多めのチップを渡し双方ハッピィであった。

13 祭りにかけるエネルギー

  バリ島は祭りが多い。年がら年中どこかで祭りが行われている。
寺の祭り、先祖の祭り、誕生日に結婚式や葬式、ポトンギギ(日本の成人式)という一般的なものから、トゥギャナン村の奇祭まで実に様々である。あたかも祭りのために生きている感がする。
 ホテルのオーナーや従業員、美術館のオーナーなどのご好意で、色々な祭りに参加させてもらった。いつも感じるのはそこに掛ける住民のエネルギーの凄さである。
 滞在中に近くの古いお寺(グヌンルバ)の祭りがあったので見に行った。夜の10時から始まるということであったが、始まったのは10時40分から。これくらいの遅れは何の問題もないが、終わるのは深夜3時とのことである。祭りの内容は踊りの奉納(日本の神楽のようなものだろう)が中心。私は12時半頃引き揚げたので、後がどんな内容であったか分らない。
 驚いたのは祭りに集まった人の数である。村の人口が幾らか定かではないが、感じとしては村中の人が全て出てきているのではないかと思う。しかも深夜にである。出ないと村八分のようなことになるのかも知れない。しかも全員が民族衣装の正装で、その熱気たるや日本のお義理の祭り参加とは訳が違う(日本にも熱気を感じる祭りがないわけではないが・・・)。
 聞くところによると祭りは仕事よりも優先で、祭りのために仕事を休むのは当然で、誰も文句は言えないらしい。
 そのエネルギーの源は何なのだろう?どの祭りもヒンドゥ教が絡んでいるので、宗教の力であることには間違いはない。現在これだけの熱気があるのはイスラム教くらいのものだろうが、バリヒンドゥはイスラム教と違って外に対しては激しさがない。やはり多神教のせいだろうか?
 何はともあれ、宗教がこれほど深く人々の生活に根を下ろしているバリは、少々経済が発展しても、日本が失った「古き良き風習」を急速に失う心配はなさそうである。

14 お札の綺麗度

 お札を見ればその国の経済状態が分る。日本や欧米のお札は綺麗だ。それに引き換え、アジアの国のお札はとても綺麗とは言えないものが多い。総じてお札の綺麗さは経済の発展度合いと比例するように思う。
 私が度々行くタイでは行く度にお札が綺麗になっている。明らかに好調な経済状態を物語っている。インドネシアはタイと比べるとやや劣るし、年々綺麗になっているとは言い難い。
 お札の汚れ具合も金額によって異なる。インドネシアの通貨単位はルピアで、1万ルピア≒115円である。お札は1000、5000、1万、5万、10万ルピアの5種類。この内10万Rpと5万Rpは極めてキレイで、1万Rpはかなりキレイ、引き換え1000Rpと5000Rpは大変汚いものが多い。それだけ庶民に使われる頻度が高いことを物語っている。日本円に換算すれば10円と50円だが、感覚的には100円玉や500円玉或いは1000円札に匹敵するのであろう。日本との給与格差から言ってもそんなものだろう。
 日本人はお札を大切に使い、なるべく皺くちゃにならないように心掛けるが、バリ人はクシャクシャにして使う人が多いのもお札が汚い原因だ。これは国民性としか言いようがない。5万や10万Rpがキレイなのは、めったに庶民の手には渡らないからである。これら高額紙幣は小さなお店では受け取ってくれないことも多々ある。お釣りがないからである。
 このようにお札から見える経済状態や国民性を想像してみるのも楽しいことである。
(写真なし)

15 老後はバリでは暮らせない


 日本は北欧に次いで高齢社会の先進国で、バリアフリーだとかユニバーサルデザインなどの言葉が大きな顔をしている。確かにインフラ整備も着実に進みつつある。しかしバリは若い国で高齢社会には程遠い。従って今は何の問題も起こっていない。
 ところが気候の厳しい日本を避けて温暖なバリで老後を過ごそうと思うとそれは出来ない相談である。
@ 歩道の段差は健常者でもきついくらい高く、且つ頻繁にある。更に歩道の下をどぶ川が流れているところが多く、あちこちで大きな穴が開いている。
A ウブドゥでは便利な中心部は坂が多く高齢者にはきつい。
B 民家は全て道路から1mくらい高いところに門があり、そこからまた1m下って敷地に入る。敷地に入っても家は一段高く嵩上げして建てられている。これは高齢者には相当きつい。
C ホテルでも門が無いだけで至る所に段差があり、しかもエレベーターのあるホテルなど数えるくらいしかない。
挙げれば切りがないが、しっかりした家族制度で守られているバリ人ならいざ知らず、日本人が単独で乗り込んできて老後を過ごすにはバリアが多過ぎる。
それでも80歳を過ぎて一人で暮らしている日本人も何人かはいるのも事実で、その勇気と健康は敬服に値する。

                                                       (2005-10-26)

16 バリはタバコ天国

 近年日本では急速に嫌煙機運が高まり、愛煙家受難の様相を呈している。タバコを吸わない小生としては誠に歓迎すべき傾向ではあるが、愛煙家の怨念の声も聞こえてくる。

 ところがバリはタバコ天国で、日本の愛煙家もその為にだけバリへ来るわけにはいかないだろうが、老後のステイ先を検討する一要素として頭に入れておいても良いのではないだろうか。定かな数字ではないが時々利用するタクシードライバーによると、男性の喫煙率は70%程度とのこと。私の実感もそんなもので、当たらずといえども遠からずの数字であろう。

 先日グヌンルバというバリで一番古いと言われているお寺のお祭りがあった。先日買い求めたバリ衣装で正装して出掛けた。狭い境内は押すな押すなの大盛況、しかも全員が正装で壮観である。祭りと言っても踊りがあるだけだが、日本の田舎の神楽を連想した。

 その身動きもままならない密集の中で前後左右の人がタバコを吸うので堪ったものではない。幸いにしてそよ風があったので煙が澱むことはなかったが、それにしても久し振りに煙攻めにあい閉口した。日本でなら大ブーイングだろうがここはバリ、子供もあからさまに嫌な顔をしているが全く頓着なし。しかも吸殻は当然のごとくポイ捨て。一昔前の日本の光景そのものである。こんなバリでもいずれは嫌煙運動が起きるのだろうが、今の様子ではそんな欠片も感じられない。

 愛煙家にとってバリは天国に違いない。嫌煙家の私にとっては堪ったものではないが、それを差し引いても夏のバリは天国であることに変わりはない。
17 変わったこと、変わらないこと

 バリには昨年と今年ほぼ同じ時期に行った。1年くらいでそんなに変わるものでもないが、それでも注意してみていると、結構変わっているものもある。

1バイク・車が増えた

 昨年と比べて確実に増えている。普通の人は当然ローンで買うのだが、車やバイクの価格が高いため、常識的には買えない人まで購入する。返済をどうするのかと心配になるが、それが何とかなるらしい。これは何もバリのみの現象ではなく東南アジア全般にこの傾向はある。

2ケイタイ屋が増えた

 バリの空港からウブドゥへ向かう途中、明るい照明の小奇麗な店が目につく。その多くはケイタイ電話の店である。ウブドゥは田舎なのでそんなに多くはないが、それでも昨年よりは増えている。やはりどこの国の若者にもケイタイは魅力的なのであろう。但し、ケイタイでメールをシコシコやっているのは日本だけ。

3川のゴミが減った

 昨年はウブドゥの川はゴミ箱そのものであったが、今年はかなりゴミの量が減った。住民の自発的な美化運動か、誰かに言われてのことか定かではないが、とにかくゴミが減るのは気持ち良い。

4日本人旅行者が増えた。

 ウブドゥで見かける日本人旅行者(特に若い女性)も目立って増えた。これは津波で甚大な被害を受けたプーケットからの客が流れてきたのであろう。

5いくつかのレストランの経営者が変わっていた。それに関連しているのだろうが、全般に店の外観がキレイになった。

6ホテルのヤモリの数が減った。廊下や部屋の壁に貼りついているヤモリ、害は全くないが余り気持ち良いものではない。これが減ったのは有難いが、農薬などの薬の使用が増えたことの証であれば、困ったものだ。

7乾季にも拘らず雨がよく降った。
逆にチェンマイでは雨季にも拘らず雨が少なかったらしい。



変わらないこと

1祭りの多さと祭り好き。

2男性の撞球好き、闘鶏好き、チェス好き、働かずにダラダラしているのが依然として多い。

3お札の汚さ、特に1000ルピアと5000ルピア札。

4歩道の穴、側溝が暗渠になっていてその上蓋(コンクリート製)が無くなっている。

5タクシーの客引き、但ししつこくはないのが救い。

要はバリの文化は変わらないということでしょう。

長らくお付き合いいただきましたバリ通信を今回で終了させていただきます。
今月13日からタイのチェンマイへ行き、帰国は年末になります。
来年はエジプト、バリ島、コスタリカなどを訪れる積りです。
「探偵団通信」は年明けのチェンマイ通信06から始めようと考えています。
長らく拙文にお付き合い下さいまして有難うございました。

                              少年探偵団 神原克收

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