公 共 施 設(博物館.美術館.学校.図書館.etc)
 jalanは道、それを2つにくっつけたら散歩(jalan-jalan)となる。 ぼくは、歩くのが好きなので、マレーシアでもよく歩いた。
 しかし、この国は歩く人には不親切である。とにかく、道路を歩くなどという発想がない。まず、道路に歩道がない。幹線道路には、ほとんど信号がない。だから、道を渡る時は、車の波をぬって渡るしかない。  
 日中は暑いから歩くどころではないと考えているのだろうか。歩くより、公共交通機関を利用した方が効率がいいと考えているのだろうか。その為にか、交通機関の料金は安い。でも、ぼくはひたすら歩いた。汗をかきながら……
  国立博物館 (入場料RM2)
 地図を見ると、KLセントラル駅と国立博物館は近い。直線距離500mぐらいである。これなら歩いていける。と、誰でも思う。しかし、これがマレーシアとなると一筋縄ではいかない。第一に標識がない。駅のインホーメションに聞いても誰も正確に答えられない。駅からは、国立博物館は見えているので、とにかくそれを目標に歩く。 
 国立博物館は手に取るように見えているのに、行く道が分からない。最後の手段としてヒルトンホテルで聞く。ボーイは、窓外の道路を指さしながら「あの道路をぐるっと廻るように行くと行けます(と、ぼくには聞こえた)」 おいおい、歩いていくと言っているのに、あの車道を歩くのか。と、絶望的な気持ちになるが、その車道に行くと一人がやっと歩ける歩道がついていた。もちろん誰も歩いていなかった。車がすぐ側を走り抜けていく中を、歩いた。
このような道路を歩いた。 国立博物館の裏に、国立プラネタリウムがある。小学生が見学に来ていた。天文館だけだと入場料RM1。展示内容はチープ。
イスラム美術館。
 白い外壁に青い文様、大きなガラス窓の建物。入場料がRM10で高いので、民間施設かもしれないが。
 しかし、展示内容は充実している。特に、世界のモスクのレプリカやイスラム建築の資料は、他では見られないだけに良かった。
ダルル・リズアン・ミュージアム
 イポにあるペラ州の博物館。入場料無料、スズに関する資料が豊富。
 このミュージアムに行ったのは、金曜日の昼過ぎ。もともと、どこの博物館でも見物客は少ないのだが、人がいる気配が無い。しかも、扉が閉まっている。あれ、今日は休みなのかなと思ったが、clossの表示がない。しかも、女性がやってきて扉の前で待っている。しばらくして扉が開かれた。金曜日の昼過ぎは祈りの時間があり、その時間帯は、閉められる。
 
金曜日に公共施設を見学する場合は礼拝時間を避けよう。
国立美術館(入場料無料)
 海外旅行の楽しみの一つに、美術館巡りがある。日本では鑑賞できない、絵画や彫刻に出会うと嬉しくなる。 マレーシアでも当然美術館に行こうと決めていた。しかし、地図を見ると駅から遠い。タクシーで行くしかないと思っていたが、インターネットで検索すると、チョウキットから歩いて30分と書いてある。
 KLモノレール「チョウキット」で降りて歩く。チュウキットは危険地帯と地球の歩き方に書いてあったので少し緊張する。jalan Hajitaib界隈に売春宿が並んでいたらしいが、現在は警察によって一掃されたので安心と書いてある。
売春宿には少し興味があったが、まず危険地帯には近づくなというのが鉄則なのであきらめる。
 しかし、本をよく読むと今でも危険地域にはかわりないとも書いてある。(やはり、やばいやばい)いったい、どっちなんやねんとつっこみたくなる。が、ぼくの感覚からいくと危険な雰囲気は一つもなかった。
 美術館は、マレー系画家中心に展示している。国立美術館なのに、西洋画など誰でもが知っている画家の展示品は無かった。しかし、マレーの美術はこれでもかというぐらい展示されていて見応えは充分。
トゥンク・アブドゥル・ラーマン学校
 イポー特別市のマレー系全寮制中等学校。マレーシアでは、中華系が教育熱心の上、経済的にも豊かなので、進学率も高い。そこで、マレー系の進学率を高めるために創設された。
広くて芝生が敷き詰められた校庭、白い外壁の瀟洒な建物。マレー系のエリート養成機関でもある。
図書館
 タイピンの図書館。ぼくは、どこにいっても図書館があると入ることにしている。 無料だし、その地方(国)の資料がそろっている。
 ここは、開架式で自由に本が見られた。日本と違って入場者は少ない。それでも、学生が何名か勉強している。冷房が効いて、静かなので、自習するには最適である。
街 中 の オ ア シ ス
 古代の都市の多くは大河の元に発展した。クラン川の上流にあるクアランプールは、100年前は虎の住む奥地だった。それが、錫鉱山が開発され、その集積港として、クアランプールは発展されていく。
 そのためか、この都市の丘陵が多く、都市の中心部に広大な緑地が残されている。この都市では、高層ビルを建設し続けているが、熱帯雨林を思わす森林も残し続けてほしいものだ。、
日 本 軍 ・ 戦 争 の 跡
国家記念碑
 どこかでみたモニュメントだと思いませんか?硫黄島記念碑(そっくりなのはこのせい)の作者によって製作された、高さ15.5mのブロンズ像。第二次大戦で戦った戦士の像ではない。1948年から12年にわたってマラヤ共産党との闘争で戦死した兵士を慰めるために建立された。
無名戦士の記念碑
 国家記念碑の裏側にあるのが、無名戦士の記念碑。第2次大戦中の日本軍からの戦火を記憶に留どめようとするために建立された。日本の首相がマレーシアに訪問するとここで献花を捧げる
 「自由を阻害する悪魔(イーヴル)が、かつてここを襲い、無辜の魂の可能性を奪い、国土を焦土と化し・・・」と刻印されている。
国立歴史博物館
 1Fは石器時代、2Fはマラッカ王国からイギリス支配。3Fには日本軍占領から独立、現在に至る歴史を解説していた。と、過去形で書いたのは、この博物館は既に閉館になっているからだ。
 その展示は国立博物館の移転してあるというが……。
マラッカ・パーラワン広場
 パーラワン広場地下に造られたショッピングセンター内で遭遇した碑。360°の側壁にマレーシアの歴史がレリーフしてある。
 これは、シンガポールでの降伏式か? 
宗  教
 マレーシアは、人種のサラダボールだといわれている。人種が混血して混ざり合うのではなく、民族の文化や言語がそのまま残って国家が形成されている。マレー系はイスラム教、インド系はヒンドゥー教、華僑は道教。もちろん、仏教寺院もある。  まず、どこにいっても建設されているのが、イスラム教のモスクである。国の宗教であるため手厚く保護されている。寺院といっても、基本的に礼拝場であるが、中に入っても、拝む像がない。信者でない人は外側から眺めるだけでガマンすべしだろう。
 
クアランプールの国立モスク(マスジット・ネガラ) シャーアラムのブルー・モスク プトラジャヤのピンク・モスク タマン・メラチ駅近くにあったモスク
 マレーシアの国勢調査によるとインド系民族は7.7%。 そのためか、どこの都市にいってもヒンドゥー寺院がある。その色彩の鮮やかさと神々の多さが目立つためより多く感じる。  バトゥ・ケイブへは、パサール・セニからバスで行った。しかし、帰りのバスがなかなか来ない。乗り換えすれば近くの駅まで行くと言うので乗ったが、結局迷う。その時、同じバスに乗っていた、マレーシアの若者が割り勘でタクシーに乗らないかと誘ってくれ何とか近くの駅までたどり着いた。神の加護か。 シヴァ・ナターラシャ
バトゥ・ケイブ。インド以外の国では最大のヒンドゥー寺院。272段の階段を登ると、天井まで100mの大きな洞窟が広がっている。
 ヒンドウは多神教である。しかし、その教義によると、三神一体であると解かれている。創造、繁栄維持、破壊の三神は実は宇宙原理の三つの顔であるというのだ。
 破壊を象徴するカーリ女神もすごい神となる。この女神、手には人間の生首、血を満たした髑髏の杯、肉切り包丁を持ち、裸体をおおう腰巻きには切り取った手足を結んでいる。・というすさましい神である。それが、インドの人には人気があるというのだから驚く。つまり、創造も破壊も強い方が良しとなるのだろう。
ジョホールバルのヒンドゥー寺院。沢山の神が祀られている。 キャメロン・ハイランドのヒンドゥー寺院参拝に来ていたインド人は、蓮の台にコインが乗れば願いがかなうといって、ぼくにもコインを投げろと勧められた。
 コンドがあるタマンジャ駅の近くにあるタイ寺院。金色の寺院に鳥人もしっかりと建立されている。象の口にはバナナや花が供えられていた。
 旧正月には、参拝者が多く線香の煙が絶えることがない。
 ヒンドゥー寺院と共にどこの都市でも見かけるのが道教寺院である。中華系とインド系の財力の差からか、大抵は中華系寺院の方がりっぱである。
 右写真は、KLのチャイナタウンにある陳氏書院。 旧正月にチャイナタウンに行くと、大半の店が閉まっていた。観光客も普段より少ない。しかしそれなのに、陳氏書院に向かうそれも裏道に人があふれている。それもなぜか男ばかり。そして、男達はカーテンで隠された暗い店へと消えていく……
 マレー半島は長らくイギリスが支配していた。そのため、キリスト教会もある。右写真は、セント・マリー大聖堂。1948年建設で、エリザベス女王も訪れた。  タイペイで見かけたキリスト教墓所。りっぱな墓が多いが、墓参りに来る人はいるのだろうか。
ホテル 宿泊施設
マラッカのババ・ニョニャ式ホテル。 宿泊料RM55.  大きなイスは、横になってアヘンを吸うためのものだったらしい  ドアの上には、めでたい文字を刻んだ大きな額が掲げられている  バトゥ・パハの旅社。ゲストハウスつまり安宿。
 街 の 娯 楽  
 マスジット・ジャメにあるコロシアム映画館。インド映画の専用館である。1FがRM11、2FがRM13。ぼくが、鑑賞した映画のときは2Fの観客が多かった。インド映画は言葉が分からなくても、突然踊ったり歌ったりするのでおもしろい。しかし、最後まで観るには疲れる。   マラッカのナイトマーケット。ここでは毎日開催されている。
 ぼくは、マスジット・インディア通りで開かれる、パサール・マラム(土曜日の夜)が好きだ。インド系の店、マレー系の客が多いのが特徴。
 チャイナタウンの夜店は、日本と同じ雰囲気だが、この夜店では外国に来たと実感できる。
 スリアKLCC内に紀伊国屋書店が入っている。広いスペースに本が並んでいた。日本書のスペースも広い。立ち読みも自由で椅子も置いてあった。マレーシアでは、どこにいっても本屋があるが、読書好きの人口が多いのだろう。
 同じフロアに回転寿司屋もあったが、値段は高級であった。
 
 マラッカの市場。新鮮な魚貝類、野菜、肉などが売られている。生きた鶏二羽が足でくくられて売られていたりすると、可哀相ににと思ってしまう(偽善者である)。大きな蛙が売られていて、客が値切り交渉をしていた。 初めて蛙が売られているのを見た。
町 の バ ウ
 キャメロンハイランド行きバスが途中で休憩する店にあったミュジックボックス。現役で動いていて、誰かがコインを入れて聞いていた。 タマンジャヤにあるコンド前の公園内に掲げられていた看板。野良犬と同じく熱々のカップルも禁止。(信じられないと聞こえそう)
レイク・ガーデンに何故かストンヘンジがあった。イギリス支配の時にでも造ったのだろうか。
ピューター工場にあるマグカップ。錫製では世界最大らしい。ここも、タマン・メラチ駅から歩いて行った。 泥沼の上に板を敷き詰めて生活している蟹島。自転車が島の交通機関である。消防署もあるが、火事になったら、自転車で駆けつけるのだろうか
マレーシア ジャランジャラン

 1.公共施設  2.街中のオアシス  3.日本軍・戦争の跡  4.宗教
 5.ホテル・宿泊施設  6.街の娯楽  7.町のバウ  

十河和夫 記

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