運賃 2等 RM11

2008年1月25日 クアランプール
            9時15分発

1月27日 タイピン 14時46分 発

1月26日  イポー 12時10分 発 

 クアランプールを8時15分出発。すぐに熱帯雨林の森になる。 「TAMPIN」から内陸を走る。 「BTG MELAKA」は、軽井沢を思わす高原の駅だ。ふらっと降りて宿泊してみたいと、感じるほど爽やかさだった。  列車のトイレ。単に穴が空いているだけ垂れ流しである。
 内陸に入り、山麓を走る列車は遅い。歩くほどの速度である。
やっと「GEMAS」駅に到着。東海岸の列車はここで分かれる。駅には売店もあり、乗客は列車から降りて飲料水や菓子類を買っていた。
 蒸気機関車が停留していた。走るなら乗ってみたい
 ジョホール・バルはマレーシア第2の大都市である。日本でいえば、大阪である。それだけで親しみを感じてしまう。
 現在、りっぱな鉄道駅を建設中。この街はシンガポールへの入口でもあり、コーズウエイと呼ばれる橋を多くの人が毎日行き交いしているため、鉄道を利用する人も多いのだろうか。
 ホテルの窓からシンガポールを眺める。ジョホール水道の向こうにシンガポールの高層ビルが建っていた。
 街を歩くと、中華系の古い建物が残っている一画くがあったが、取り壊されている建物もあった。ここも、やがて、クアランプールのような新しい建造物に取り換えられていくのだろう。
1月30日クアランプールからジョホール・バルへ
1月27日 タイピンからクアランプールへ

1月25日  イポー 12時30分到着
            (15分の遅れ)

■クアランプールの交通

クアランプールの鉄道
 タイピンからの帰りは、3等車である。ぼくが指定したのではなく、駅員が3等車で予約をした。クアランプールでは、黙っていたら2等車だったので、駅員によって対応が違う。顔か、服装を見てか? ともあれ、2等と3等の違いは席と席の間が少し狭いぐらいで、3等車でも日本の特急車と同じ快適さである。
 3等車の車内。席にはカバーがかけられている。席は固定式。  駅近く馬が飼われていた。  列車を待つ乗客や迎えの人
 旅行記では、しつこいほど車内販売がやってくると書いてあったが、今回の旅行では1回も車内販売は来ない。車内販売を楽しみにしていたのに……。  食堂車も無くなっているかと危惧したが、食堂車はたしかにあった。しかし、ここも、今では料理を造っていない。飲料水や菓子類を売っているだけだった。  腹が減った人には唯一、焼きサンドを造ってくれる。パンの中には、ジャムを塗ってあるだけだった。
 9時05分改札開始。人々が乗り込む。スーペリアクラス、二等車である。席は、ほぼ埋まっている。冷房も思ったほど強くなく適度な涼しさである。
 9時15分、列車は定刻通り出発。車掌が車検に来る。イポに着いたら知らせてくれるように頼むと、向こう側に坐っているインド系夫婦と同じだから安心して旅行をと笑って答えてくれた。 
 線路は続くよどこまでも。快適な乗り心地である。新幹線のような早さは無いが、風景の流れが心地よい早さなのだ。しかも、30分も走ると、高層ビルは消え、ゴム園か、椰子の林が続く。熱帯雨林の濃い緑と空の青さ、それに雲の白さがどこまでも続いていく。
 線路は単線で、複線になると駅が近いというのが分かる。
 駅に停車しても降りる人も乗る人も少ない。とにかく、朝と夜の2本しか走っていないのだから、列車に乗るよりバスの方がずっと安くて早い。列車に乗っているのは、ぼくのような旅行者か、バスに弱い人しかいない。
 「KUAR KUBU ROAD」に、10時35分到着。15分ほど延着している。
 12時30分イポ駅に到着。15分の遅れである。途中、20分以上遅れていたが、15分まで遅れを取り戻す。イポ駅は、今まで停まった駅の中で一番りっぱで大きい。しかし、かっては商店で埋まっていたと思われる駅内の店は総て閉鎖されていた。
 この駅上にある「マジェスティック・ステーションホテル」に宿泊する。
 ベトナムのマジェスティックホテルを想像して、マジェスティック・ステーションホテルに決めたのだが正解だった。
 1929年に建てられた、フランス式の建造物は文化遺産といってもいいぐらい気品があった。回廊から眺める街並みは何時間見ても飽きなかった。
 イポ駅前に、イポの木がそそりたっている。イポという地名は、このイポの木から来ている。昔、現地人がこの木から取れる猛毒を矢じりに塗って狩りに使っていたが、当時の王様の暗殺にこれを使ったことから、ぜ〜んぶ切り倒しちゃったそうです。今ではイポ駅の前庭に、この木がたった1本 生えているきりです。  イポの木と対象の様に建っているのが、第二次戦争記念碑。
 太平洋戦争は、マレーシアのコタバルに奇襲上陸することから始まっている。ハワイの真珠湾攻撃よりも1時間前に決行されていたのだ。
 イポはマレー半島攻撃の激戦地でもあり、多くの人々が死亡している。

1月30日 クアランプール 8時15分発

運賃 2等 RM10

1月26日 タイピン 13時59分 到着

クアランプール駅。現在はKLセントラル駅が中央駅となり、史跡として残されている。 駅のプラットホームは、食堂となっていて、列車を見ながら食事が出来る。
クアランプールの鉄道は3路線がある。総て同じ会社であるが、乗り換え等の配慮は一切無く別個に運営されているのですごく不便である。
 2003年に出来た、KLモノレール。中心を走るLRT。郊外を結ぶKTMコミューター。
 どれも運賃は安い。特に、LRTは運行本数も多く便利である。
KTMコミューターの列車。クタムに行くにはこの列車に乗る。 プトラLRT2両編成で、無人運転である。(お世話になりました)
 KLモノレールブキ・ピンタン付近。乗り心地はよく、速度は遅いがその分街の様子が良く見える。 KTMコミュターのKLセントラル駅

1月30日 ジョホール・バル 14時20分 着
                  (30分 遅れ)

 イポ駅を定刻通り出発する。列車は定刻より10分も前に到着していた。遅くなれば、早くなることもあるのかと変に感心してしまう。
 一日に2本しか走らない列車なのに、駅員の態度は堂々としていて、むしろ威張っている。駅構内も、丁寧に清掃している。どれぐらい赤字がでているのだろうと思ってしまう。

タイピンの象徴である「時計台」
 タイピンの駅も立派だが、建物はすでに朽ち始めている。トタンが赤錆びても直す予算がないのだろう。構内には、勝手の栄光を残す遺品が展示されている。
 町の中心は、駅から歩いて20分ほどである。
 タイピン(太平)とは、「永遠なる平和の街」を意味する。1948年に錫鉱山が発見されて以来辯髪の中国人労働者の街だった。中国人同士で大規模な諍いがあり、1874年に街の名前を平和を意味する「太平」と制定した。
 しかし、1942年、マレー半島に日本軍が侵略して、太平は壊される。
 街の西側に錫の鉱滓後に造られた、66haの広大なレイク・ガーデンがある。この公園、マレーシアでも有数の美しい公園の一つである。
 マレー半島を占領した日本軍は、タイピン市内の華僑を捕まえ、拷問にかけられた。約40名が処刑され、レイクガーデンの近くに埋められたという。
 ペラ州立博物館とバトウガジャ刑務所。
 博物館はマレーシアにまつわる芸術品や文化的遺品、2Fに動物の剥製や土器などが、外側に戦争に使われた武器が展示されている。
 イポやタイピンで捕まえた華僑や抗日ゲリラはこの刑務所に入れられた。

運賃 3等 RM10

1月27日 クアランプール 17時45分 到着

運賃 2等 RM33

1月26日 イポーからタイピンへ

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十河 和夫 記