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9時05分改札開始。人々が乗り込む。スーペリアクラス、二等車である。席は、ほぼ埋まっている。冷房も思ったほど強くなく適度な涼しさである。
9時15分、列車は定刻通り出発。車掌が車検に来る。イポに着いたら知らせてくれるように頼むと、向こう側に坐っているインド系夫婦と同じだから安心して旅行をと笑って答えてくれた。 |
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線路は続くよどこまでも。快適な乗り心地である。新幹線のような早さは無いが、風景の流れが心地よい早さなのだ。しかも、30分も走ると、高層ビルは消え、ゴム園か、椰子の林が続く。熱帯雨林の濃い緑と空の青さ、それに雲の白さがどこまでも続いていく。
線路は単線で、複線になると駅が近いというのが分かる。 |
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駅に停車しても降りる人も乗る人も少ない。とにかく、朝と夜の2本しか走っていないのだから、列車に乗るよりバスの方がずっと安くて早い。列車に乗っているのは、ぼくのような旅行者か、バスに弱い人しかいない。
「KUAR KUBU ROAD」に、10時35分到着。15分ほど延着している。 |
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12時30分イポ駅に到着。15分の遅れである。途中、20分以上遅れていたが、15分まで遅れを取り戻す。イポ駅は、今まで停まった駅の中で一番りっぱで大きい。しかし、かっては商店で埋まっていたと思われる駅内の店は総て閉鎖されていた。
この駅上にある「マジェスティック・ステーションホテル」に宿泊する。 |
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ベトナムのマジェスティックホテルを想像して、マジェスティック・ステーションホテルに決めたのだが正解だった。
1929年に建てられた、フランス式の建造物は文化遺産といってもいいぐらい気品があった。回廊から眺める街並みは何時間見ても飽きなかった。 |
| イポ駅前に、イポの木がそそりたっている。イポという地名は、このイポの木から来ている。昔、現地人がこの木から取れる猛毒を矢じりに塗って狩りに使っていたが、当時の王様の暗殺にこれを使ったことから、ぜ〜んぶ切り倒しちゃったそうです。今ではイポ駅の前庭に、この木がたった1本
生えているきりです。 |
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イポの木と対象の様に建っているのが、第二次戦争記念碑。
太平洋戦争は、マレーシアのコタバルに奇襲上陸することから始まっている。ハワイの真珠湾攻撃よりも1時間前に決行されていたのだ。
イポはマレー半島攻撃の激戦地でもあり、多くの人々が死亡している。 |
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