岡崎 祐子

悠遊世界一人旅 おばちゃんバックパッカーが行く

インディオの色彩あふれる国 グァテマラ 

2006年1月16日〜2月19日

目次
1.グァテマラの概要 2.グァテマラシティ
3.アンティグア 4.パナッハチェル
5.カーサ・タカシ 6.パナハッチェル付近の村々
7.ティカル遺跡 8.ヤシャ遺跡
9.チチカステナンゴ 10.再びパナハッチェルへ
11.スペイン語のお勉強
1.グァテマラの概要
2006年1月16日〜2月19日までをグァテマラで過ごした。
グァテマラはメキシコの南に位置する中南米の国の一つで、日本の3分の1の広さだ。南部はグァテマラシティを中心にスペイン統治時代の街並みとインディオの文化が溶け込んだ街が点在している。北部は緑深いジャングルの中にマヤ文明を代表するティカル遺跡をはじめとして、その後にできた遺跡も周辺に数多くある。
人口構成はインディオとメスティーソ(白人とインディオの混血)で人口の90%以上を占めていて、非常に先住民の文化の薫りが強いが、都市部と地方では生活様式も大きく異なる。
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2.グァテマラシティ
 1月16日にメキシコシティからグァテマラシティに入る。
グァテマラシティは標高1500mに位置し、1775年に以前の首都アンティグアが度々地震に見舞われたので、地震が少ない地域として選ばれ遷都された。政治、経済の中心地であるが、中南米のご多聞にもれず貧富の差が激しい。

泊まった宿は旅行社も兼ね、日本人のご主人と現地の奥さんが経営している。まず、宿の前までタクシーで来て驚いたのは、家の周囲を高さ3mもある塀でびっしりと囲っていること。そして頑丈な門扉。おまけに大きなシェパードが2匹、不審なやつだとばかりにワンワン吠える。恐る恐る呼び鈴を鳴らすと、従業員の男性が扉を開けてくれほっとした。

この宿で友人と落ち合い、3週間グァテマラを一緒に旅する予定だったが、友人は飛行機が遅れてまだ着いてなく、夜中の1時過ぎに宿から迎えに出した車で到着した。

あくる日、早速経営者の五十嵐さんからグァテマラ情報を仕入れる。まず、グァテマラシティはとにかく治安が悪いので、行動には十分注意すること。出歩くときは必ずタクシーを利用すること。自宅もまるで刑務所のように囲っているが、この周辺は高級住宅地で周囲の家もみなこのように囲っており、こうしていないと安心して暮らせない。また従業員も全て奥さんの血縁の人を雇っているが、他人を入れると売上金を奪われたり人命にかかわるような事もあるとのこと。
何て国なんだろうとビビッてしまう。でもまあ十分に注意することにして、国立考古学博物館とイスチェル民族衣装博物館などにタクシーで行く。
新市街の国立考古学博物館は古代マヤ文明の石碑や土器などが多数展示されていて、これから行くティカル遺跡の予習にも良いと思ったが、余りにも多い展示品とスペイン語のみの解説で理解できるまでにはいたらなかった。
イスチェル民族衣装博物館と隣接するポポル、ブフー博物館は織物や民族衣装がスペイン統治以前の物、統治中の物、現代の物とに分けられて展示されているが、デザイン、織物の柄などにスペインがこの国に与えた影響の大きさが見て取れる。
国立考古学博物館の展示物 先住民の男性像 祭り用の面
ウィピルに用いられた布のパッチ 美しいウィピル
スカートのかすり縞 遊びのある土器
     
旧市街の王宮はガイド付で無料で見学できたが、ここもスペイン語のみの解説で全く分からなかった。しかし大理石をふんだんに使った豪華な建物で、この国が誇る建築物なのだろうということは分かる。
カテドラルは意外にシンプルで黄金の装飾も何もなく、あっさりしたものだ。しかし、中南米のごってりとした内装の教会を見慣れてきたものにとっては、返ってほっとし、信仰の為にはこれで十分だと思った。




     大理石が美しい国立王宮
         
質素な内部のカテドラル ステンドグラスが美しい内部

中央市場がとても面白く、民芸品が山とあり、地元の人用の食堂もたくさんある。豊富な食材の中にこの国の食生活を見ることが出来る。
豊富な食材が売られる市場 新鮮な野菜と果物が山のように

グァテマラシティは思っていたよりずっと大きく、あか抜けた街で美しい。車も新しいものが多いが、車社会が徹底していて道路を横断するのも信号が少なく大変だった。また、気楽に散歩などは危険すぎてとても出来そうにない。(目次へ)
3.アンティグア
          グァテマラのバス
 タクシーでアンティグアに向かった。180Q(ケツァール グァテマラの通貨)、約3000円でグァテマラの物価としては決して安くない。しかしあまりにも治安の悪さを強調されたので、通常のバスや観光地をつないでいるシャトルバスに乗るのが怖くてタクシーにしたのだが、グァテマラシティ以外ではそれ程治安は悪くなく、その後の観光はシャトルバスで十分だった。

アンティグアも標高1500mに位置し、以前の首都だった町だ。3つの火山に囲まれ、これまで3度の大地震で美しい町並みが甚大な被害を受けたが1979年に世界遺産に登録後、目下街全体が修復中といったところだ。
かっては中米で最も美しい都市といわれ、人口も6万人を擁したそうだが、世界遺産に指定された後はグァテマラ国内で最も観光客が集まる街として再び脚光を浴びている。
泊まったホテルは築200年以上の歴史があり、中庭の噴水を中心に花々が咲き乱れ、静かで落ち着ける。久しぶりにおいしいカフェコンラチェを飲んだ。
地震で廃墟となった教会 ホテルの庭

街中を散歩。直近の地震は1978年だったそうだが、未だに街の至る所に被災の後が残され教会やカテドラル、修道院は廃墟となっている。しかしそれも歴史を感じさせて趣がある。カテドラルはかっては壮麗な建築だったこたが偲ばれるし、街中の道は全て石畳で整然として美しい。
市内の小道 廃墟の教会
石畳が美しい街角 カテドラルとアグア山

商店街にはビーズ等のアクセサリー、ウィピル(現地女性の刺繍された上着)、織物などの手工芸品の店やおしゃれなレストランが並び、壊れかけた建築物と好対照をなしている。
市場は広大で数え切れないほどの手工芸品の店や、日用品、野菜、果物が売られている。特に織物はすばらしい。
アンティグアからバスで20分ほどのサン・アントニオ・アグアカリエンテという先住民の村に織物を見に行った。この村のウィピル(現地女性の上着)はグァテマラ中で最も華やかで、鳥や花が美しく織り込まれていてすばらしい。
               
ウィピルとスカート 公園で集う人々

貫頭着のような上着だが、1枚織るのに4ヶ月かかるというのも納得できるし、当然値段も高い。特に結婚式に着る裏表が全く同じ織りで糸が渡っていないものは、特殊な技法でとても高い。1着買っても日本で着られないので小片を値切って買った。
村全体は特に何もなく、村のあちこちに洗濯場があり、オバサンたちが美しいウィピルを着て洗濯している。あれほど手間がかかったものを普段に着るなんて勿体無いとおもうのだが、彼女たちにはよそ行きも普段着も区別はないようだ。写真を撮ろうとすると嫌がってなかなか撮らせてくれない。
洗濯場でお洗濯 現地の女性と
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4.パナッハチェル
 
                     アティトラン湖
 シャトルバスでパナッハチェルへ。この町もやはり1500mにあるアティトラカン湖に面した小さいが美しい町だ。湖の反対側にはサン・ペドロ、トリマン、アティトランという3つの火山がまるで富士山のような美しい稜線を見せ、湖にはそれが逆さ富士となって映っている。湖の周辺にはいくつかの先住民の村があり、それぞれの村で特色あるウィピルが織られている。
気候もよく、治安もよく手工芸品が多くあるこの町は私にとってとても魅力的な町だった。
街中にはおしゃれな店やレストラン、カフェが並び、アメリカ人の移住者も多く、彼らにとっても暮らしやすい町なのだろうが、先住民を見下した態度をとる人も多いらしく、現地の人からはかなり嫌われているようだった。
サンチャゴ、アティトラン村の男性と女性 刺繍が美しい男性のパンツ
市場の女性 美しく織り込まれたウィピル
素晴らしい技術が継承されている サンタ・カタリーナ村の子供達
ソロラの教会 ひざまずいて祭壇まで行き祈るインディオ
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5.カーサ・タカシ
 カーサ・タカシとは日本人の村岡さんが経営する日本人宿のこと。彼の息子さんが青年協力隊で10数年前にグァテマラに来て、任期満了後もグァテマラに残り、現地の女性と結婚したのを機に息子の嫁に会うために奥さんと共にグァテマラにやって来て、短期間のつもりで滞在していたのだが、パナハッチェルに旅行したところあまりに美しく暮らしやすい所だったので、ここに永住することに決めてしまったそうだ。
最初から宿を始めたのではなく、話し相手として町で見かけた日本人を連れてきて泊め、日本食を出してあげたらとても喜ばれ、そのうち口コミで人数も多くなってしまったので民宿を始めてしまったとのことだ。

ただ、彼(タカシ)は現役時代に石油関係の仕事で世界中を渡り歩き、現地の人になじむ術を心得ている。また奥さんは日本で最初に夜間保育所を開いた人で、とても決断力に富みフットワークの軽さのある人だ。

タカシはスペイン語は全く出来なかったが、街中を歩くとき、出会う人毎にすばらしい笑顔で「ブエノス、ディアス」、「ブエナス、タルデス」と挨拶する。そして湖で働くインディオの船頭たちと仲良くなり、彼らから様々な情報を得ている。私が会ったころは住み始めて1年以上たちスペイン語も徐々にうまくなりつつあったが、日常会話もまだ十分でない感じだったが、船頭たちから日常生活の様々なことをスペイン語や身振り手振りで話され、実際に必要な言葉を実地に習得しているようだった。
そのかわり船頭たちに対しても、困ったときにはお金を貸して上げたりもするようで、船頭たちも約束どおりきちんと分割で返してくるそうだ。
また彼らは様々な有効な情報をタカシに与えており、生活に有利な情報は「これはアメリカ人には教えてやらないんだ」と言っていた。

またシャトルバスの会社でも、一言「カーサ・タカシ」と言えば、会社の人もドライバーも皆知っていて、タカシの名を聞いただけで皆ニコニコする。
タカシは現地の人とうまく交わり、持ちつ持たれつの関係を作り上げ互いの信頼関係を築いている。
彼の生活ぶりはロングステイする人にとって大いに参考になると思った。

この宿は私が泊まっている間も口コミで色んな人が泊まりに来て、カナダ人、ドイツ人までやって来て日本食をおいしそうに食べている。それ程部屋数も多くないのに10人を超す宿泊客になり、とうとう少し離れたところにプチホテルを建てることにして、去年からオープンしたそうだ。
タカシご夫婦と息子さんご夫婦、猫のハナとサクラがいるとても心温まる宿ですので、パナッハチェルに行ったときはぜひお泊りになることをお薦めします。
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6.パナハッチェル付近の村々
 パナハッチェルからボートで対岸のサン・ペドロ・ラグーナに行く。インディオが暮らす小さな村だが、この村では珍しく白いブラウスと紺の絣のスカートを着た女性が多く見られるが、絣のスカートはタイにある木綿の紺がすりに似ている。
サンチャゴ・アティトランはこの周辺ではパナハッチェルに次ぐ町で、民芸品店も多い。この村の男性は白地にカラフルに刺繍した美しいパンツを履いているが、刺繍の柄や織物の柄にも全てその村に伝わる意味があるそうだ。
女性は長い紐をターバンのように頭に巻いて帽子にしておりユニークだ。
サンタ・カタリーナ・パロポ と サン・アントニオ・パロポ へはコレクティーボという軽トラックに乗っていく。サンタ・カタリーナは紫を基調としたウィピルで、織りかたは他の村に比べて単純な幾何学模様が多い。サン・アントニオは青、赤が基調で美しいウィピルを着ていて、この村にはかなり上等な織物がある。
湖周辺の村々は、各村ごとにそれぞれ色やデザインが大体統一されたウィピルを着ているが、これはスペイン統治時代にスペイン人が一目でどの村の人間か分かるように色や柄を指定したのだそうだ。統治以前はもっと各自自由に好きな色や柄を着ていたのだろうが、人の嗜好まで規定する統治の方法には疑問を感じる。
パナハッチェルの500m上の山間部にソロラという町がある。火、木、金には市が立ち、おびただしい数の店が出る。ここには周辺の村々から伝統のウィピルを着た人たちが大勢集まって来て、まるで色の洪水だ。市に行くバスも超満員でギコギコと坂を登っていく。市では野菜、日用品、衣類、古着が安く売られていて、この市がこの地方の先住民の生活の場であることが伺われる。
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7.ティカル遺跡
パナハッチェルからグァテマラシティまでバス。シティからティカル遺跡への入り口の町フローレスへTACA航空でフライト。迎えの車でホテルへ。湖の前の気持ちいいホテルだった。
車でティカル遺跡へ。ジャングルの中を1時間走ると周りに土に埋もれた多数の遺跡が見えてくる。遺跡の上には大木が生え、草に覆われ長い時の流れを感じさせる。
ティカルはBC300〜800年頃に栄えたマヤの遺跡で、周辺には3000を越す遺跡が散在しているそうだが、大部分はまだ埋もれたままで順次発掘中とのことだ。
中心となる遺跡は7つの神殿からなり、周囲2Kmの範囲にある。グァテマラ南部の気候とは異なり湿度が高く暑いので見学にも体力が要る。
神殿となるピラミッドはメキシコやエジプトの傾斜よりきつく、天を突く様で厳しく美しい。
   
フローレスのペテン、イツァ湖 ティカル遺跡の1号神殿
ティカル遺跡の2号神殿 ティカル遺跡のセントラル・アクアポリス
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8.ヤシャ遺跡
ヤシャ遺跡はティカルの東にあり、さらに遠くジャングルの中の未舗装の道を2時間近く走る。ここは遺跡発掘を手がけだしたばかりという状態で、すっかり土に覆われた土饅頭のような遺跡が多数見られる。
以前アメリカのテレビ番組でこの一帯が取り上げられたせいで、多くのアメリカ人の若者がキャンプしていた。
まだ案内板も何もなく、ガイドなしではとても回れない。このような遺跡がまだまだ周辺のジャングルに埋もれてしまっているなんて、自然の力の大きさを感じてしまう。これらの遺跡が再び日の目を見るのはいつの事になるのだろう。
発掘されたヤシャ遺跡 発掘されたヤシャ遺跡
発掘されたヤシャ遺跡 未発掘のヤシャ遺跡
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9.チチカステナンゴ
            グァテマラ最大の市場
パナハッチェルに一旦帰り、シャトルバスでチチカステナンゴへ。高度2000mの小さな町だが、木、金に開かれる市と、この町の守護聖人トマスが祭られるサント・トマス教会での儀式が有名だ。市場はグァテマラでは一番大規模で、民芸品や民族衣装の店の数も最高で、現地のインディオのにおいが満ち溢れている。
教会の儀式はキリスト教と土俗宗教が合体しており、儀式自体はすでに終わっていたが、教会前で香を焚いた残り香やろうそくの煙などが充満しており、教会内もこれまでに見た内部とは趣を異にし、素朴な木彫りの人体像などがあり、珍しかったが撮影禁止だった。
ホテルは町中から少し離れた広大な庭を持つリゾート型のホテルで、部屋もゆったりしている。500m標高が上がると夜は寒く、暖炉を焚いたが朝方も寒く持参した寝袋に入って寝なければならなかった。
町から少し離れた丘の上に土俗信仰の地があるので行ってみたが、僧侶のような男性が男根を模した石の前に牛糞のようなもので作った饅頭を山に盛り、その上にチョコレート、パン、クッキー、蜂蜜などを乗せ、たくさんの蝋燭を立て火をつけて祈る。
伝統を重んじる宗教儀式のようで、横に見習いのような若い男性が立って一生懸命メモを取ったり、祈りの言葉の読み方を勉強している。
何の意味か分からないが、宗教はどこでも同じようなことをするものだと思いつつ眺めた。
カラフルな女性達 丘の上での土俗宗教の儀式
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10.再びパナハッチェルへ
チチカステナンゴからパナハッチェルに帰り、少しのんびりする。庭のハンモックに横たわっていると、頭上の赤い藤のように垂れた花にハミングバードが蜜を吸いにやってくるし、夜にはアルマジロが散歩する。
近くのホテルに行くと人なれした可愛いサルとアナグマが多数やって来て餌をねだる。そして何とも爽やかな風が吹き抜ける。このあたりは自然も多く残っているし、年中花が咲き乱れ、まるで地上の楽園のようだ。

友人とパナハッチェルで別れた。彼女はグァテマラシティに戻り、日本に帰る。
私はここからメキシコのサン・クリストバルまでシャトルバスで行き、メキシコの旅を始める。
という予定だったが、一旦サン・クリストバルに行ったものの、メキシコを回っても日程が余りそうなのと、これまでスペイン語が出来ず散々不自由したので、2週間ほどスペイン語の勉強をしてみようと思い立った。
そして、どうせ2週間を過ごすのなら、あのパナハッチェルのカーサ・タカシでおいしい日本食を食べながらスペイン語学校に通おうと思い、再びグァテマラに戻りカーサ・タカシでお世話になることとした。
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11.スペイン語のお勉強
タカシ氏に案内されてスペイン語学校へ。2週間午前中マンツーマンで教えてくれて日本円で1万円ほど。先生は若い女性だ。1日目にまず挨拶から始まり、動詞の変化までかなりのペースで進む。老いた頭には全ての言葉が素通りしていくのみという感じで情けない。午前中4時間が本当に長く疲れる。
そして宿題も結構多くて、午後もかなり真剣に勉強した。ほんと、疲れた。
旅に必要な言葉だけ教えてほしいと言っても、動詞の変化は絶対必要と言って何種類もの変化を詰め込まれる。しかし授業の後半になると不思議なことに何とか会話らしきものが出来るようになり、最後には短文も書けるようになっていた。
仕事を辞めてニュージーランドに短期に英語の勉強に行って以来の10年ぶりの勉強で、この年になってもやれば何とかなるものだと思った。
しかし、その後メキシコを旅して以来、スペイン語を使う機会は全くなく、今年エクアドルに行った時は殆ど忘れ去ってしまっていた。
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